2017.08.08 公開

WhytRunner(ホワイトランナー) Specialist Doctors Interviews 輝き続ける専門医 Dr. 大野 芳正

WhytRunner(ホワイトランナー) Specialist Doctors Interviews 輝き続ける専門医

Dr. 大野 芳正

Dr. Yoshio Ohno

東京医科大学病院
泌尿器科主任教授

専門:泌尿器科

   

コツコツと蓄積してきたデータをがんの治療に活かす Dr.大野 芳正

コツコツと蓄積してきたデータをがんの治療に活かす Dr.大野 芳正

転機になったのは
感謝されたことと認められたこと

 医者になって本当によかったと思ったのは2年目でした。
 1年目は東京医科大学病院の泌尿器科で、先輩から言われたことをこなしているだけという感じでしたが、2年目に、癌研究会附属病院(現がん研究会有明病院)で働くことになり、そこでは、当時40代だった山内民男先生とふたりでチームを組み、20人以上の患者さんを担当しました。朝の回診、手術前の処置、手術の助手をひとりで行わなければいけない。その上、山内先生は非常に厳しい方で、しかも広島弁なんですよ。その迫力がある広島弁で怒られると、何も言えなくなってしまって…。肉体的にも精神的にも厳しい状況で、いつまで耐えられるだろうと思っていたほどでした。
 半年ほど経過した頃、1年近く入院されていた患者さんが退院することになったんです。僕は点滴などの処置を担当しただけでなく、いろいろ話もさせてもらっていたので、とても嬉しかったですね。ご本人はもちろん、奥さんやご家族も退院できることをすごく喜んで、涙を流しながら「ありがとうございました」と言ってくれたんです。医者になってよかったと実感したのは、あのときが初めてでした。

 山内先生は仕事以外ではとても優しい方で、仕事が終わった後、よく食事をご一緒させてもらいました。また学会の発表の準備でも、最後まで何度も原稿を添削してくださって…。先生は、すごく研究熱心な方だったんですね。また医局のほかの先生も、忙しいなか時間をつくって一生懸命論文を読んでいました。若い時代に勉強の大切さを実感できたことは、とてもよかったと思っています。
 当時、山内先生は私財を投じて研究をされていたんですが、その一部を任されたときは、すごく嬉しかったですね。医師としてほぼ何もできないまま山内先生の下で働くことになった僕でしたが、「少しは認められるようになったんだな」と実感できたんです。たった1年の経験でしたが、多くのことを学ばせていただきました。

患者をよく見て
ひたすら顕微鏡を見る毎日

 その後、東京医科大学病院に戻り、4年目にはチーフレジデントとして、約40床の病棟の責任者になりました。朝7時からひとりで全ての患者さんの回診をして、8時に教授に報告すると同時に、入退院や手術の予定も伝える。当時は、手術の日程調整もチーフレジデントの仕事だったんです。
 週1回の教授回診も、ひとりですべての患者さんの処置をしながら主任教授に病状を報告していました。当時の主任教授は三木誠先生で、僕が答えられなくなるまで質問されるんですよ。たとえば患者さんの職業や趣味まで聞かれる。当時は、「いじめではないか」と思っていましたが、患者さんの背景も理解することの重要性を教えてくれていたんですね。また、「患者さんをよく見るように」とも注意されました。たとえばテープをはがすときに、患者さんの様子をよく見ていれば、自然とゆっくりはがすようになるはずです。今、自分が指導者の立場になって若い先生の処置を見ていると、そういう配慮や優しさが欠けていると感じるときがあります。患者さんをよく見ることは、医師にとって大切な勉強のひとつだと思うので、ぜひ実行してほしいですね。

 チーフレジデントの期間が終わった頃、研究テーマを「腎臓」に決めました。当時は腎臓がんの治療薬がほとんどない状態でしたし、免疫をはじめとした多くの要因が関与している病気なので、研究に取り組む意味があると考えたんです。
 三木教授に相談したところ、慈恵医科大学病理学講座の藍沢茂雄教授の下で半年間学べることになったんです。免疫染色の基礎を教えてもらった後は、朝から夕方まで、ひたすら顕微鏡を見る毎日でしたね。藍沢教授に指導していただき、典型的な症例は判定できるようになりました。
 このように細胞の細かい形態を学んだことは、その後の研究の基礎になり、また臨床医としても有益な経験だったと思います。というのも、病理の先生のレポートを見たとき、どんなタイプのがんか、すぐに把握できますから。また、画像診断や検査の結果、そのほかの所見などを踏まえて、レポートの内容に矛盾がないか、確認できるようにもなりました。

 

デンマークで学んだのは
先を読み、考え抜くことの大切さ

 医師になって11年目、デンマーク・オーフス大学に留学しました。きっかけは、当時泌尿器科の主任教授だった橘政昭先生が、視野を広げるためにも、海外留学をするべきだと薦めてくださったことです。
 デンマークで生活して感じたのは、現地の人がとにかく優しいということです。たとえばバスや電車に乗るときに困っている人がいれば、手助けするのが当然という感じなんですね。現地には妻とふたりの子どもも一緒に行ったのですが、まだ子どもが2歳と4歳だったこともあって、現地の人の優しさに何度も助けられました。当たり前のことかもしれませんが、自分も人に優しくしなければと実感しましたね。

 研究室のボスは、生理学が専門で主に腎臓に関する研究をされているErik Ilso Christensen教授でした。驚いたのは、教授から「君はこのテーマを研究しなさい」と言われたことです。というのも、「誰かの研究を手伝うように指示されるのだろう」と予想していたからです。さらに驚いたのは、テーマの内容でした。ラットの腎臓を使い、尿がつくられるプロセスのうち、タンパクが再吸収される様子を、顕微鏡でリアルタイムに観察する。そのための装置をつくることが私のミッションでした。しかも教授は「必ずできるはずだ」と。しばらく経ってから、なぜ私に任せたのか、教授に質問してみたんです。返ってきたのは、「君は外科医だから、細かい作業は得意なはずだと思ったから」という返事でした(笑)。
 でも、実はほかにも理由があったんですね。光学系の設計をするため教授に屈折率について質問した際、教授室の本棚に並ぶ大量の本のなかから一冊の本を取り出してページをめくり、「君が知りたいのは、これかな?」と見せてくれました。そこには、まさに必要な情報が書かれていたんです。おそらく教授は、手順や起こり得る問題と対処法について考え抜いた上で指示を出していたのでしょう。だから、すぐに必要な情報を取り出せたのだし、何よりも、留学生に大事な研究を任せられたのだと思います。

成長のカギは
客観視と積み重ね

 実験装置の目的は、タンパクの動きを観察することなので、ラットの拍動の影響を受けて画像がぶれない工夫を考える必要がありました。試行錯誤を重ね、留学期間の1年が終わる直前に装置が完成したときは、すごく嬉しかったですね。教授もとても喜んでくれて、「この装置を使って、これから本格的な実験ができるのに、本当に君は日本に帰るのか?」とおっしゃいました。正直、もう少し研究を続けたい気持ちもありましたが、予定通り日本に戻ることに決めました。もしも留学を延長する決断をしていたら、今ここで仕事をしていなかったかもしれませんね(笑)。
 Christensen教授は、自由に研究をさせてくれただけでなく、自由な見方をする体験もさせてくれました。たとえば僕が壁にぶつかったとき、教授は思いもよらぬアドバイスをくれる。すると、それまでとは全く違った方向から問題を見ることができて、壁を越える方法も見えてくるんですよ。この体験は、その後自分の研究だけでなく、後輩を指導するときにも役立ちました。たとえば内視鏡を使った手術で、教科書通りの方法ではうまくいかない場合があるんですね。そんなとき、「内視鏡の角度を少し変えてみたら」とアドバイスすることがあります。そして、「今、自分が何をしようとしているか、見えてくるでしょう」と伝えるんです。自分がしていることを客観視できると、次にどうすればいいかわかってくるんですね。これを繰り返していけば、短時間で成長することも可能だと思っています。

 一方、コツコツ積み重ねることも大切だと思っているんです。ちょうど自分の研究テーマに腎臓を選んだ頃、東京医科大学病院の泌尿器科で治療を受けた腎臓がんの患者さんのデータベースをつくり始め、その後、2013年ぐらいまでは、ひとりでコツコツと入力を続けてきました。このデータを解析することで、好中球/リンパ球比(NLR)が、腎臓がんの再発予測因子であるとわかったんですよ。泌尿器科がんの領域では、それまでNLRに関する発表がなかったこともあって、この成果を2010年のアメリカ泌尿器科学会で発表することができました。その後、泌尿器科がんの領域でNLRに関する論文が次々と発表されましたが、その半分以上で僕たちの論文が引用されています。
 これまで主に腎臓を中心に研究を進めてきましたが、がんのメカニズムに迫る基礎研究ではなく、成果を患者さんにダイレクトにフィードバックできる臨床研究に力を入れてきました。当然のことですが、基礎研究については専門の先生方にはかないません。それに臨床現場に活かせる研究の方が、モチベーションが持続しますから。これは、僕に限らず臨床現場で働いている先生方なら同じではないかと思うんです。

 今年の4月、泌尿器科の主任教授を拝命しました。
 前任の橘教授が「ダヴィンチ」を導入して以来、当科は前立腺がんのロボット手術件数で全国一位の座を守っており、これは今後も維持していきたいと考えています。また、弊院は大学病院であると同時に地域密着型の病院という性格もあるので、近隣の病院やクリニックの先生方とも連携しながら、患者さんに優しい医療を提供していきたいですね。
 最後に、当科にはロボット手術を学びたいと考えている若い先生が多いのですが、必要な技術を身に付けるだけでなく、研究も頑張ってほしいと思っています。そのためにも、研究の大切さや面白さを実感できる環境をつくっていきたいと考えています。

ある1日のスケジュール

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Dr. 大野 芳正

Dr. Yoshio Ohno

1990年 東京医科大学卒業、2001年 デンマーク・オーフス大学留学、2003年 東京医科大学泌尿器科学教室講師、2012年 東京医科大学泌尿器科学教室准教授、2017年 東京医科大学泌尿器科学分野主任教授(現職)、日本泌尿器科学会専門医・指導医、日本がん治療認定医機構暫定教育医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本ロボット外科学会 Robo-Doc Pilot認定医

Dr. 大野 芳正のWhytlinkプロフィール