2018.01.31 公開

WhytRunner(ホワイトランナー) Specialist Doctors Interviews 輝き続ける専門医 スペシャル対談「新教授に聞く」

WhytRunner(ホワイトランナー) Specialist Doctors Interviews 輝き続ける専門医 スペシャル対談「新教授に聞く」

Dr. 上妻 謙 Dr. Ken Kozuma 帝京大学医学部附属病院
循環器センター長
帝京大学医学部内科(循環器グループ)教授

Dr. 福田 恵一 Dr. Keiichi Fukuda 慶應義塾大学病院
循環器内科教授
医学部長補佐

責任感のある医師に育てる家族的な教室をつくりたい

責任感のある医師に育てる家族的な教室をつくりたい

今回のWhytRunnerはスペシャル企画です。

WhytRunnerドクターであり、教授歴13年を数える福田恵一先生から帝京大学の教授となられた上妻謙先生への特別インタビュー。教室運営、若手の育成、チームワークの大切さなど… 教授同士の話題は尽きることがなく、あっという間に時間は過ぎていきました。

今後も第一線で活躍されているドクターの皆さまとともに、充実したコンテンツづくりに努めてまいりますので、よろしくお願いいたします。

教室としての一体感がでてきた「大内科」

福田 上妻先生とは学会でよくお会いしますが、こうやって改めてお話をさせていただくのは初めてですね。本日は『新教授に聞く』というテーマで、上妻先生が主催している教室についてお伺いしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

上妻 よろしくお願いいたします。

福田 先生は教授になられて、どのくらい経ちましたか?

上妻 2013年10月に就任したので、4年と少しですね。

福田 先生が教授をされている帝京大学附属病院循環器内科、こちらの教室について教えてください。

上妻 帝京大学は板橋の本院のほかに千葉と溝口に分院があり、それぞれ別々に医局運営をしています。私は2001年に助手として帝京大学に赴任してきたのですが、その少し前までは、まだ「ナンバー内科」制でした。本院が第一内科、第二内科、千葉が第三内科、溝口が第四内科という構成で、それぞれに循環器がありました。それを、本院については、第一内科と第二内科を統合して「大内科」という教室に変えたのです。

福田 改革することで、どのような組織になったのですか。

上妻 組織に柔軟性がでてきました。たとえば、医局員が少ないところ、あるいは膠原病や内分泌代謝や感染症といった全身疾患に対応するための総合内科をつくり、必要に応じて循環器、消化器、呼吸器、腎臓などの専門医を派遣できるようにしました。また、研修医にとっては勉強しやすい環境になり、さらに各臓器別の教室もできました。

福田 改革を中心になって進められたのは?

上妻 現在、帝京大学臨床研究センター長をされている寺本民生先生や上尾中央総合病院循環器内科副院長になられた一色高明先生などが尽力されました。大内科は「内科医である以上、それぞれの専門がある上に、内科もちゃんとやらなければいけない」といった考え方に基づいていると思います。私自身も、医学部としては内科学講座の所属になっています。

福田 現在、どのような専門別の診療科があるのでしょうか?

上妻 診療科として独立しているのは、循環器内科と神経内科だけで、講座としては内科学講座と神経内科講座のふたつになりますが、各講座は、さらに専門グループに分かれています。内科学講座では循環器のほか、消化器、呼吸器・アレルギー、腎臓、リウマチ・膠原病、内分泌代謝・糖尿病、血液、感染症などが独立したグループになっています。

福田 統合されて、だいぶ時間も経ってきたので、ひとつの教室という感じになってきましたか?

上妻 そうですね。すでにひとつの教室としてのまとまりは生まれています。

冠動脈インターベンションへの道を決意した出会い

福田 次は、これまで先生が手掛けてきた研究について教えてください。

上妻 初期研修医として三井記念病院に行ったことが、冠動脈インターベンションの道に進もうとしたきっかけです。三井記念病院は当時から冠動脈インターベンションに強く、私がこの道に入るきっかけとなった指導医は、現在、東海大学教授の伊苅裕二先生でした。研修医の頃は一色先生が科長で、虎の門病院顧問の山口徹先生が部長でした。そうした先生たちが、冠動脈インターベンションで得られる様々なデータを分析して、いち早く発表してきたといった流れがあったので、私もバルーン拡張術後の長期予後とか、そういったテーマをスタディとして選ぶようになっていきました。

福田 冠動脈インターベンションの第一人者との出会いに大きな影響を受けたわけですね。

上妻 はい。そして山口先生が、冠動脈インターベンションに関係した臨床研究、データ解析、そういったものを中心とした留学の機会を与えて下さいました。それで、オランダのトラックスセンターのパトリック・スライス教授のところで、いろいろ学ばせていただくことになったのです。当時は、冠動脈への再狭窄を押さえるための放射線治療、「ブラキセラピー」がすごく盛んになっていた時で、まず、その研究をしていました。

福田 「ブラキセラピー」ってありましたね(笑)!

上妻 研究途中で、「薬剤溶出型ステント」が登場しました。「これは間違いなくいける!」。誰もがそう思うエキサイティングな状況になってきました。留学後半は、「薬剤溶出型ステント」に関するデータを沢山集めたり解析したりしていました。

福田 帰国後は?

上妻 オランダでの研究の流れを、そのまま日本に持ち帰るために帝京大学に赴任しました。帝京大学は、もともと冠動脈インターベーションが強くて、一色先生や昭和大学の横浜市北部病院の落合正彦先生などがいらっしゃいました。落合先生とは入れ替わりとなりましたが、ステント治療に関する歴史は深く、様々なデータを蓄積していたので、そこに加わることにしたのです。新しいデータを出すために、いろんな臨床研究グループと組んだリ、「心筋梗塞の血栓吸引」や「末梢保護」などのトライアルグループを組んだリ、それらの心筋還流評価のコアラボをつくったりしてきました。また、そういうスタディグループで、透析患者さんの予後の成績を出したり、他施設との共同研究などのステアリングコミッティに入ってデータを出してくるなど、様々な研究をしてきました。

福田 研究熱心なだけではなく、非常にアクティブに活躍してきたのですね。

入局希望者は0人から6人へ

福田 臨床・教育・研究など教室には様々な役割がありますが、上妻先生は循環器内科をどのような教室に育てていきたいですか。

上妻 帝京大学は私立大学で、突出した伝統があるわけでもありません。こうした大学で私たちがやるべきことは、臨床と教育が中心になると思います。研究についても、基礎研究ではなく、臨床研究。様々なクリニカルクエスチョンを洗い出して回答をつくるといった研究が典型ですね。

福田 教室の体制についてはいかがですか?

上妻 大学病院の本院である以上は、幅広い分野のチームがバランスよく存在することが必要です。そこでまずは、いろいろな分野に関して強い人を育てることが重要になります。仮にヌケがあるような分野があれば、外部から医師を連れてきて埋めることも考えなくてはいけません。

福田 計画的に人を育てる必要があるわけですね。

上妻 幸い、人は順調に育ち、だいぶ体制は整ってはきました。懸念だった不整脈や心不全や心エコーに関しても、しっかりしたチームができてきています。理想形なのは、心臓リハビリテーションのチーム。ここは、現在、講師をしている紺野久美子先生が強いリーダーシップを発揮してチームの設計から多職種のとりまとめまですべて行い、生え抜きが次々と育ち、活躍しています。

福田 循環器への入局者はどのくらいいますか?

上妻 以前は1名も入ってこない年もありました。「循環器はきつい仕事だ」「厳しい仕事だ」と若い先生達に避けられてしまったのです。でも、最近はコンスタントに2~3人、多い年には6人も入ってくるようになりました。

福田 そういう厳しい中で、少しずつ入局希望者が増えているのは、学生たちが一生懸命教室運営に力を注いでいる上妻先生の姿を見ているからではないでしょうか。

上妻 ありがとうございます。苦労を避ける学生もいますが、実は帝京の学生は概ね真面目で、やる気がある学生も沢山います。そういう学生たちが、「すごく活気があって面白そうだ」と興味を持つような雰囲気づくりに取組んできたことが奏功したのでしょう。

福田 具体的にはどんな風に取り組んでいかれたのですか?

上妻 まずは、みんなが仲良くなることに注力しました。多職種が互いに仲良くなり、仲間で後輩を育てていくといった雰囲気をつくりたかったのです。チーム制にして、そのなかに師弟関係をつくり、若手のモチベーションを上げるために、何か問題があれば、みんなで話し合うといったこともしてきました。

福田 それはいいですね。私の教室でも、先輩が1年後輩を指導する仕組みをつくり、また、みんなが仲良くなるように、「今どき?」と珍しがられる医局旅行も開催しています(笑)。教育についてはいかがでしょうか?

上妻 目標は、みんなに「責任感をもった医師」になってもらうこと。カッコいい座右の銘はありませんが、私自身は、医師として、ひとりの人間として「責任感をもつこと」を何よりも重視して生きてきたつもりです。「責任感をもった医師」に育てるためには、まず、きちんとした医師に育てなくてはならない。

福田 きちんとした医師とは?

上妻 それは第一に社会人としてきちんとしていること。第二に患者さんのことをきちんと考えられること。第三は、当然のことですが、医師としての基本がしっかりしていること。これら3つが揃ってやっと正しい医療ができるようになるわけです。うちは月曜日から土曜日まで、毎朝7時45分から全員でカンファレンスをやっていますが、そこは、きちんとした医師になるための教育の場でもあります。三拍子が揃って正しい医療ができるようになったら、次は、各医師に、自分の分野で活躍できる機会をどんどん与えていきます。それによって名を馳せ、みんながそれなりの地位になってもらえればと思います。

福田 そのためには医師としての仕事を全うするための責任感が重要ということになるわけですね。ところで、先生が目指しているのは、どのような教授像ですか?

上妻 チームみんなで、同じ目標に向かってかんばっていく。このような環境をつくっていく民間病院の部長みたいなイメージです。そして、これからのキャリアパス、就職先や留学先の紹介も含めて、若手が何でも相談したくなる信頼される教授になりたいですね。

福田 最近の若い先生のなかには、研修先に大学とは無関係の一般病院を選ぶ人が増えています。大学、一般病院、それぞれメリットがあると思いますが、先生は、若手が大学で研修することの意義をどう考えていらっしゃいますか?

上妻 大学病院のメリットは、なんと言っても面倒見がいいことにあると思います。そこに属していればファミリーの一部ですからね。就職情報、医療情報、留学情報などがバランス良く入ってきます。若手が道を誤らないように、ある程度導くことも可能です。そこが大学の魅力だと思いますが、若い時には、早くからいろいろやらせてもらえる市中病院が魅力的なのも確かですね。私自身も若い時には、市中病院でずっとやってきた人間だからなんとも言えませんが(笑)。今になってみると、大学病院の傘の下にいることは、不利なことより有利なことの方が多いのではと思っています。

福田 最後に医局員へ伝えたいメッセージをお願いいたします。

上妻 帝京大学の循環器内科は、みんながファミリーです。ファミリーだから、みんなで助け合い、成長して、もっとハッピーになりましょう。

福田 帝京大学の循環器内科は、居心地がいいアットホームで魅力的な教室だということが言葉の端々から伝わり、拝聴していてうれしくなりました。本日はありがとうございました。

上妻 ありがとうございました。

インタビューを終えて(福田 恵一)

心臓領域の分野では、最近、多様な専門医が協力し合って最適な治療を行う「ハートチーム」という言葉がよく使われるようになりました。心臓に限らず、どの分野においてもひとりの人間が突出して優秀だとしても、物事はうまく解決できません。多くの人の力を結集しないと、大きなことはできないのです。そのためには、チームのメンバーが、ある意味で家族のような強い絆と信頼感で結ばれていることが大切です。そういう人と人との付き合いを財産とできるような社会をつくっていくことが私の理想なのですが、最近の若い人達は、どうも人との付き合いが希薄な気がします。野球や釣りなど、いつも仲間と群れて遊んでいた私たちの世代と違って、今の若者は、子どもの頃からゲームなどひとり遊びが中心だったため、付き合う楽しさをそもそも知らないのかもしれません。家族的な意識、仲間づくりを教えていくのも、これからは大学の役割なのでしょう。そういう意味でも、上妻先生の家族的な教室づくりへの取組みは素晴らしいと感じました。

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スペシャル対談「新教授に聞く」

Dr. 上妻 謙

Dr. Ken Kozuma

1991年 東北大学医学部卒業、三井記念病院循環器内科レジデント、その後スタッフ。1999年 オランダのエラスムス大学トラックスセンターに留学。2001年 帝京大学内科学 助手、2006年 同大学内科学講師、2008年 同大学内科学准教授、2013年 同大学内科学教授 日本内科学会総合内科専門医、日本循環器学会循環器専門医、日本心血管インターベンション治療学会専門医、日本内科学会認定内科医、臨床研修指導医

Dr. 福田 恵一

Dr. Keiichi Fukuda

1983年 慶應義塾大学医学部卒業、1987年 慶應義塾大学大学院医学研究科(循環器内科学)修了、1987年 慶應義塾大学助手、1991年 国立がんセンター研究所に国内留学、1992年 米国ハーバード大学ベスイスラエル病院分子医学教室留学、1994年 米国ミシガン大学心血管研究センター留学、1995年 慶應義塾大学医学部循環器内科助手、2005年 慶應義塾大学医学部再生医学教授、2007年 医学部長補佐、北里記念医学図書館長、2010年 循環器内科教授